天高く

澄みきった空に風彩、過ごしやすかった9月も今日で去ってしまう、わたしの決戦の9月はとりあえず日にち的には終わりました。何人ものヘルパーさんが入れ替わり立ち替わり来てくれてどうにか生活が出来ています。お陰さまで7月8月のような不安は少なくなってため息の数も少なくなっています。10月は訪問メンバーも落ち着くと思うので生活習慣や食べ物の好き嫌いなどを覚えて貰い早くため息のない生活になれるようにしたいと思っています。
「はあぁ-」と、今ついたため息はこれまで二年近く来てくれていたヘルパーさんが10月からは来なくなってしまうと告げられて思い出してはつい出てしまう残念のため息でした。わたしは生活の大半をヘルパーさんに支えられていますしかしどのヘルパーさんも同じようにはいきません。気難しい人もマイペースな人もいます。もちろん優しい人よく気がつく人料理が上手い人だめな人いろんな人がいますのでその人の特性をみてやって貰うことを決めてお願いしています。ま、たまに見損なったりもしますが……
そうしたいろんなヘルパーさんの中で冗談を言い合える人はわたしにとっては特別な存在です。いつも誰かの世話になるというのは大変で時間も仕事内容も決められた中でついついイライラしたり気を使ったりストレスが半端ないのです。そんな時話を聞いてくれたり冗談を言える人の訪問は心待ちにしているのですがそんな人が去ってしまうのはため息ものなのです。
いろんな人の訪問を受ける苦労を理解してくれる人はあまりいません。少し親しくなっても言動には気をつけなければなりません。調子に乗ると手痛いしっぺ返しが待っています(笑)地雷は何処に埋まっているのか簡単には……ね
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お彼岸

「暑さ寒さも彼岸まで」を一つ覚えのように年二回飽きずに言ってる人を知っている。秋はおはぎで春はぼた餅ですと聞きます。私はつぶあんが好みですが食べるのは年に二三個でお彼岸の時期だけですが仙台の奥座敷と言われる秋保の方に一日に五千個以上、売れすぎるおはぎがあるというので知人、友人に買ってきて貰い食べましたが甘味を抑え結構な大きさで売れすぎるのも納得でした。
秋の彼岸が過ぎると日が短くなり朝夕寒さが日増しに増してゆきます。つるべ落としに日が落ちて肌寒さが増すと人恋しくなったり温かいものが欲しくなりますよね。わたしは春のお彼岸が来るまでその寒さと寂しさに負けないように大敵である風邪にはくれぐれも要注意して過ごす毎日になります。冬眠できたらいいのにねー
ま、いまも冬眠しているような毎日ですけどね。

秋刀魚の歌

さんま苦いか塩っぱいか…昔読んだ寂しい男の詩です。秋と言うと人恋しくなったり、読書だったり、芸術、食欲などなどいろんな秋が都合よく使われていますが9月に入りサンマが出回って食欲の秋を演出しています。刺身、つみれ汁、塩焼きどれも美味いですよね。別に人恋しくなったわけではありませんが8月いっぱいで二事業所が抜けて行きました。何かを期待していたわけではありませんし、仕事で来ていたと思っていましたが何事もなくさよならを交わすこともなく関係を終りにされると寂しいものですね。それまでの関係は?仕事だけだったのですよ。仕事でなければ誰がお前なんか相手にしますか!と言われているような気分になります。
わたしはたくさんの人の手を借りて30数年地域生活を続けていますその間すごく多くの人たちと出会い障害者と介護者だけの関係以上の付き合いを続けている人もいます…がその何倍もの人に嫌われてきました。それはそれで身から出た錆なのですが仕事だけの関係で自分の生活が成り立っているのを自覚させられるのは秋でなくても淋しいものです。
哀れ秋風よ心あらば伝えてよ 男ありて今日の夕餉にひとりサンマを食らいて涙を流すと サンマ サンマ サンマ苦いか塩っぱいか…… 淋しさつのるわたしのような者は苦くてしょっぱい涙味の塩焼きですかねぇ あおきみかんのすをしたたらして…ね。
(50年近く前に読んだ詩なので間違えていたら笑って下さい)

9月決戦!

雲霞の編集後記に9月は決戦の月と誰にも通じないことを書いてしまいました(反省)。実はあの時はかなり追い詰められていまして、、前回書いたように私の生活はほとんどヘルパーの介助で成り立っています。来てくれている事業所は8ヶ所だったのですが8月いっぱいで主要なところに入っていた2ヶ所が抜けて9月から9ヶ所になりました。多分仙台で一番多くの事業所が入っているのではないかと思います。地区介は新しい人を迎えた時は「あしすたっ」と言う班が新人のフォローと介護のやり方を覚えるまで先輩介護者が一緒に付き合ってくれます。ヘルパーも事業所間で引き継ぐ時は何度か同行してある程度介助のやり方や順序を覚えてから引き継ぎを受けるということになるのですが今回は二週間もなかったので大わらわでわたしは一度に15人の名前を覚えるのにも大変です。ヘルパーも一度や二度の訪問で仕事の順番を覚えるのは不可能です。しかしそれでもわたしの生活は続いているわけで、誰が悪いわけではありませんが毎日毎日何人もの新しいヘルパーさんに覚えてもらうための説明や体の移動は思っている以上に体力を使います。特に泊りの介護者がいない日は「もうかんべんしてー」と叫びたくなるときもあります。わたしのために早く覚えようとしてくれているのに我儘なわたしは一度に何人もの人に矢継ぎ早にああだこうだと来られるとつい口が悪くなり嫌われてしまいます。思えば介護者にもどんだけの悪態をついたのか(反省)。それでも少し言い訳をさせてもらえば皆さんは練習でもわたしは本番で、その時間にトイレやその他諸々を済ませなければならず、出るものが出なかったり準備することが出来ないのと今日の日の生活が成り立たずわたしを支えてくれている人たちにも迷惑を及ぼしてしまうのです。現在はとにかく嫌われないように細心の注意を払って余計なことは言わないように気をつけています(私の災いは全部口から来ていますので)。くわばらくわばら
新しいヘルパーさんたちに長く来てもらい出来るだけ不安を少なくして楽しいことを探しながらの日々にしたいので…す

2014年の夏

4月から8ヶ所のヘルパー事業所だったのですが8月いっぱいで2つの事業所が抜けて、急いで新しい事業所を探して貰いました。日にちがないうえ私はトイレや車椅子からの移乗に2人必要なのですが、現状はどこの事業所も人手不足で同時刻の2人派遣は難しいという応えです。それでは複数の事業所(別々の事業所)から1人づつ来てもらえないかと考えたのですが現状のヘルパー派遣の規則では出来ないので市と区の福祉課に認めてもらえないかと手紙でお願いもしてみたのですが検討はしていますが責任問題などで難しいという対応でした。どこも引き受けてくれる事業所が無かったらその時点で私の地域生活は終わるわけでその後のことは想像もつかない状態が7月から続いていて何をしても楽しくなく、何を食べても旨くなく痩せる一方で正直しんどかったです。ケアマネさんのおかげでどうにか地域生活の首は繋がりましたが私のような一人暮らしの障害者はヘルパー不足や事業所の事情でいつ自分の生活が崩壊するかも知れないという不安の中で暮らしています。今回行政は私に福祉機器などを利用しての自助努力を求めて来ました。地域生活は私の生きている希望です。自分なりに努力も工夫もしているつもりですがまだまだ足りないみたいです。