外出


久しぶりに外に出ました。霙がパラつく中どうしても自分で見て確認をしてから買いたいものがあってわずか2時間ほどでしたが出掛けました。いつもの毎日は同じ顔と同じ声の見慣れた人たちとの繰り返しで、朝が来て夜が来るという生活をしている私には人の群れは別の世界になっていて人の目が面倒くさく、喧騒はただただ鳴り止まないノイズで、若者がイヤホンを耳に差し込んでいる理由の一端がわかるような気がします。車の中が少し寒かったのか少しの移動時間の間に手がかじかんで車イスの移動が難しくなるは目的の物は一つもないし、介護タクシーは6千円もして収穫ゼロのただ寒かった勤労感謝の日でした。
スポンサーサイト

残念!


スーパームーンは曇っていて次の日見たけれど違いがわからない!窓の外のリンゴを鳥から守るために袋を被せたのですが、勿論、鳥の分を残して置いたのですがそれだけでは飽きたらなかったのか私の分も袋の上から食い散らかされました。下手に餌などをやるとしっぺ返しに合うと言う見本です?来年袋はまるで役に立たないでしょう…50枚も残っているのにねぇ
そんなこともあって、いま、人に物をあげる難しさというかタイミングに悩んでいます。
鳥に対しては来年は一個も残してやらない!ときめました。食べ物の恨みは怖いのだということです?
こちらは喜んでもらえると思ってあげても貰う方には迷惑なのではなどと考えてしまうとわからなくなってしまうのですよ!?
201611162321382bd.jpg

小春日和


フランスは「午後の貴婦人」アメリカは「インディアンサマー」と言うらしいいのですが、日本では「小春日和」夫々がお国柄を感じさせているように思いますよね。
寒くなって散歩に出られないのもストレスになるので気持ち暖かい日には出られるように帽子を二つとマフラーを買いました。積極的に出たくなるように見せたくなるような帽子です(笑)。頭に被るだけで結構あたたかいんですよ、窓から見える陽差しは明るいけど笹が大きく風に吹かれていると散歩をやめて閉じ篭っていましたが最初の小春日和の日?意を決して外に出ました。すると確かに風は冷たかったのですが誰かと一緒ならまだ普通に大丈夫かな?と思いました。
☆ところでどうして「小春日和」と言うか知ってますか? それはですね、旧暦で10月のことを小春と言うからだといいます。だから旧暦の10月1日(今年は10月31日が旧暦の1日)以降「小春日和」を使う(手紙や天気予報)のが正しいのだとか?
^_^ ハナタカさんになりたい人は自分で確認してね😜

冬支度


11月になりました。すっかり寒くなって外に出るには靴下を履いたり、一枚上に羽織らなければならなくなりました。シャツも少し厚めに変えたりブランケットも冬物にしました。朝夕にはストーブを点けないとなんとなく寂しくなり、ホッカイロを買い電気毛布を出しいつでも使えるように用意しました。ここ数年体力がどんどん落ちて平熱も35度台と低くなりました。自分で熱を上げられないので冷たくなったらお湯とかストーブ等で温めなければならないので面倒くさくなりました。そんなわけで買い物、散歩など外出を極端に控えて春を待つ生活になります。仙台の冬は長いのでその間部屋の中で楽しめる物を探さないといけません。急がなくちゃ……